1年以上前にSSRIと自殺の関係についてのブログ(SSRIバッシング-精神科医としての意見-)を書いたところ、「SSRIは自殺率を高める。あんたは勉強不足で無知だ。お前のような医者が日本の若者を殺すのだ(一部略)。」と過激なコメントを最近になって頂きました。一応、文献に基づきこのブログを書いているし、私の患者でSSRIを服用して自殺した方もいないので、随分見当違いなコメントだと思いますが、良い機会なので最近の研究を踏まえて再びSSRIと自殺率について書こうかと思います。
まずは今年publishされたSSRIの処方数と自殺者数の研究です。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21760833
(Giaiana G: Clin Pract Epidemiol Ment Health.2011;7:120-2. Epub 2011 Jun 16.)
この論文によると1999-2008年にかけてイタリア北部で行われた調査では、SSRI処方数が15倍近くになったにも関わらず、自殺率(suicide rate)は減少しているという結果がでました。これは以前私が引用した論文(Nakagawa A, J Clin Psychiatry 2007;68:908-916:http://article.psychiatrist.com/dao_1-login.asp?ID=10003112&RSID=58267913751282)と同様の結果で、地域全体としてはSSRI処方数の増加は自殺率と負の相関、つまりSSRIが増えれば自殺率は減る、といった関係になっております。では逆にSSRI処方数が減少した場合はどうなるでしょう?これに関しては2007年にpublishされたWheelerらの論文があり、このイギリスにおける調査によるとSSRI処方数が2004年から激減して2005年には1999年のレベルに戻ったそうですが、自殺率は変化がなかったそうです(Wheeler, BMJ: http://www.bmj.com/content/336/7643/542.abstract)。
日本についてはどうでしょうか?日本の自殺率の推移を見ると、1997年から1998年にかけて急激に自殺率が上昇しました(2万3千人から3万1千人)。しかし、その後の自殺者数は3万人から3万4千人の間で推移しており、依然として高い水準ですが、自殺率が年々増加している事実はありません(http://www.t-pec.co.jp/mental/2002-08-4.htm)。ちなみに日本における最初のSSRI販売はフルボキサミンであり、1999年の5月下旬に発売されております。その後SSRIの日本における処方数はご存知の通り、右肩上がりで抗うつ剤全体の売り上げを1999年から2004年までの間で3倍以上押し上げたそうです。おそらく2010年度までの段階でもっと処方数は増加していると思いますが、自殺率は横ばいなのです。「SSRIの登場と自殺率の急激な上昇が同じ時期なので、SSRIが原因で自殺率が上がっている。」と的外れなことを言う人もいますが、SSRIが発売される前に自殺率が急増しております。SSRIが発売されていない時期に、どうしてSSRIが自殺率を上げることができるのでしょうか。
しかし、プラセボコントロール研究では確かにSSRIが自殺率を上昇させるという文献はあります。この矛盾に対するヒントとなる文献があるので、それを紹介します。これは年齢別にSSRIの使用と自殺率を検討した論文です(Barbui, CMAJ, 2009: http://www.cmaj.ca/content/180/3/291.full)。この論文は20万人の患者を含む8つの研究を系統的にレビュー(メタアナリシス)したものです。これによるとSSRI投与後、思春期の患者(19歳未満)は自殺企図が1.92倍になり、成人(19歳から65歳)は0.52倍、高齢者(65歳以上)は0.46倍になるそうです。これは何を意味するのでしょうか。うつ病は(特に日本においては)中年~老年期に多い疾患です。つまり、「一番うつ病患者の多い年齢層においてSSRIは自殺率を下げ、その結果患者全体の自殺率も下げている」ということが言えるのではないでしょうか。確かにSSRIの投与は未成年においては慎重にすべきだと私も思います(多くの研究報告、レビュー、メタアナリシスの殆どが同じような結果を得ており、これを覆すような文献を今の所私は知りません)。しかし、全年齢層を含むとやはり「全体としてはSSRIはうつ病患者の自殺率を下げる」というのが事実なのでしょう。では、なぜSSRIは未成年者の自殺率を上げてしまうのでしょうか?これには諸説ありますが、一番私が妥当だと思っているのは、「若年者のSSRI投与群には数多くのうつ病以外の精神疾患が混ざっている」ということだと思います。特に抗うつ剤の処方で悪化する可能性の高い双極性障害は、だいたい25歳前後で最初の躁病エピソードが出現するため、その多くが初診では「うつ病」と診断されるそうです。またSSRI投与を慎重にすべきである境界性人格障害も初診において「うつ病」と診断されるケースが多いと言われております。つまりSSRIが未成年者で自殺率を上げるのは、「初期診断の精度の問題」と言えます。
色々書きましたが、まとめると…
1.SSRIは全体としては(全ての年齢層をまとめると)うつ病における自殺率を下げる、2.SSRIは中年、高齢者のうつ病患者の自殺率は下げるが、未成年の自殺率を上げる、3.SSRIが未成年の自殺率を上げるのはうつ病以外の疾患が混ざっており、初期診断の精度に問題がある可能性がある、以上3つのことが言えるのではないでしょうか。
このように書くと、私が普段の診療でジャンジャンSSRIを出している医者と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、これは違います。初診で「典型的なうつ病」ではなければ、少量のマイナーと、睡眠薬で様子を見ます。いきなり抗うつ剤は出しません。私は、どちらかというと「うつ病の過剰診断」に対して反対する立場なのです(これについては「非定型うつ病」が関係するので、いつか書こうかと思います)。
以上、SSRI、自殺について最近の論文を踏まえて書きましたが、「今後の研究によって私の考えは変わるかもしれない」、と最後に付け加えたいと思います。「うつ病における最悪のアウトカムが自殺」である以上、「うつ病における抗うつ剤の副作用としての自殺」というのは、証明が困難な命題であり、時間を要する問題だからです。また機会があれば、この問題について触れたいと思います。
最近のコメント