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2012年1月28日 (土)

精神科治療におけるマンガの有用性

 最近、書店あるいはAmazonなどを見ると精神科に関係するマンガを沢山見かけます。以前から気にしていたのですが、一体どんなことが書いてあるのか確かめてみたく、大人買いをしてみました(といっても、どれも古本ですがcoldsweats01)。最近はやっているのは、いわゆる「体験本」が多く、本人あるいは家族が精神疾患にかかり、その奮闘振りをユーモラスに書いたものです。中でも「よく書けているな~」と感心したものを挙げますと・・・

1.「ツレがうつになりまして」 細川 貂々著

2.「マンガで分かる! 統合失調症」 中村 ユキ 著

この2冊は秀逸でしたhappy01 当事者、あるいは家族の方に是非読んでもらって欲しいですね。とくに中村ユキ氏はこれ以外に「わが家の母はビョーキです」という、同じく統合失調症に関するマンガを描かれていますが、これは精神科医が読んでも大変勉強になります。なぜかと言えば、統合失調症の患者さんは自らの生活に関して語ることは少なく、その様子がなかなかイメージできません。しかし、このマンガは身近にいる家族からの視点で、その様子がつぶさに書かれており、「生活臨床」という分野においては貴重な作品だと思います。

 マンガのいい所は、苦労話も「おもしろおかしく」デフォルメしており、それが辛さを和らげる作用もありそうです。実際に患者さんに(そして家族に)、上の作品をすすめてみて、「病気のことが良くわかった」とか「同じ気持ちです」とか、かなり感触としては良いようです。このようなマンガがもっと世に出てくるといいですねhappy01

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2012年1月20日 (金)

論文受理(和文)

 昨年から蹴られに蹴られた論文が先日ようやく受理されましたgawk 症例報告だったのですが、精神科領域ではかなり高いIFを有する某ジャーナルで、同様の報告があったので(しかも私の論文の方が、クリアな経過!)、きっと海外のジャーナルに受理されると信じておりました。しかし4つの英文誌に蹴られ、結局和文の雑誌に出すことになりましたcrying 内容は、賛否両論ある某有名薬剤の副作用についての報告です(たぶん、多くの人が飲んだことあるかも?)。控えめに見ても、かなりの人の関心を集める症例なのですが、英語雑誌からのリバイスがひどかったです・・・pout 「たまたまじゃない?」とか「もういちど薬剤を投与して、症状が出るか検討してみてね。でも倫理的に無理だろうけど(笑)」など、信じられないコメントが多かったですgawk そもそも症例報告って、因果関係が疑われたら、それなりに報告する意義は十分あるはず・・・。しかも賛否両論ある領域だけに、インパクトは期待できるはずなのですがshock

 ちなみにこの薬剤を作っている会社、実は世界で5本の指にはいる有名企業・・・。疑いたくはないのですが、ロビー活動みたいなものがあるのでしょうか。特殊な分野なのでレビュアーも結局は同じような人がなるだろうし・・・。論文作成する際に調べたのですが、「薬剤と副作用の因果関係がない」とする論文を書いている学者のほとんどが、その製薬会社から資金をもらっているようです。そういった御用学者のもとにたまたまレビューがまわらなかったら、アクセプトもあったのかも知れません・・・。

 しかし、最近ニュースで知ったのですが、同薬剤の臨床データをこの製薬会社が公開しないため、海外のマスコミから非難されているようですcoldsweats02 うーん、やっぱりこの薬剤、黒じゃないかな~gawk

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2012年1月14日 (土)

大晦日に飲んだワイン

昨年の大晦日は「さあ飲むぞ!」と相当気合を入れていたので、ワインやビール、そしてカクテルなどを堪能しましたhappy01 お陰で、元旦を休肝日にせざるを得なかったのですが・・・coldsweats01

名称:Hemerence Champagne Cuvee Tradition Brut
容量:750ml
原産国:フランス(シャンパーニュ)
アルコール度数:12%
購入日:失念
価格:2480円
感想:通販で購入。大晦日に飲みました。泡立ちは粗かったのですが、辛口でスッキリする感じは私の好み。値段が安いので、コスパ的にはSo Soな印象。

Hemerence

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2012年1月 2日 (月)

新年を迎えて

 年が明け、2012年になりましたhappy01 子どもの頃の自分にとって2012年とは随分先の未来で、「ドラえもん」が量産されるほどではないけど、ものすごく科学技術が進み、世の中も想像もできないぐらい便利になっているだろうと思っておりました(少なくとも空飛ぶ自動車に乗っていると思っていました)。当時は 便利=人間の幸福、という図式を一種のセントラルドグマと信じておりましたが、現実ははたしてどうでしょうか。2011年3月、「便利さを追求した究極のエネルギー」である原子力が制御不能になり、多量の放射能を撒き散らしました。確かに原子力は世の中を暮らしやすいものにしました。でも、それは「きっと事故は起こらない」「核廃棄物ができても、後世の世代がきっと解決してくれる」という何も担保もない「期待」の上に成り立つ、かなり危ういものであることが分かりました・・・。

「人間の手に余る力」が人類に大きな災害をもたらした昨年、二つの考えが私の頭に浮かびました。一つは、「この力は放棄すべきだろう」という考え、もう一つは、「この力を完全に人の制御下におけないのだろうか?」という考えです。前者の考えは私も事故当時に強く感じましたが、時間が経つにつれ、後者の考えも同時に芽生えてきたことに気づきました。そんな中、かつて人類は同様の経験をした(であろう)ということに気づきました。

それは、人類が「火」を使い始めた時のことです。人類が「火」をいつごろから使い始めたかは正確にはわかっておりません(79万年前に火をおこした形跡が発見されたそうですが、自然の火をいつごろから使用し始めたかは不明)。しかし、人類が「火」を道具の一部として使い始めた頃は、「火の制御」は困難を極め、自然や人間を含めた多くの命を奪ってきたことは想像に難くありません。しかし、人類は工夫に工夫を重ね、松明、蝋燭、ランプなどを発明し、現在においてはライター、マッチ、コンロといった「火を十分安全に扱える道具」が広まっております。それでも、このように十分安全に火を扱えるようになった現在においても、毎年日本で4万件の火事があり、さらに火災による死亡者数は1500人にも及んでおります。にも関わらず、「火を使うのは止めましょう」と言ったり、「反コンロ運動」といったムーブメントは起きません・・・。

「後世までツケを残す原発」と「被害のが後世の受け継がれない火災」を単純に比較できないのは分かります。しかし、ここで私が思ったのは「人類の科学技術が相当進み、原子力を火と同等に扱える未来」というものは本当にないのか?という疑問です。世界、そして日本が「原発を諦める」というのは簡単な選択のように思えます。でも、もし、人間の好奇心、探究心に限界がないのであれば、上記のような未来はありなのかもしれません。時間を度外視すれば、少なくとも「子どものころに描いていた2012年」よりは現実味はあるような気がしますが、いかがでしょうか。(しかし、日本のように地震の多い国でも原発を持ってよい、という考えには至っておりませんが・・・)

2012年は「震災」そして「原発問題」からの復興元年であると思います。そして「脱原発」の動きは加速していくと思います。そんな中で、あえて逆の考えを提言することも重要であると思い、新年早々こんなことを書いてみました。まぁ時間があると色々と余計なことを考えてしまうものですねcoldsweats01 今年もこんな調子でグダグダ書いていきたいと思います。

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